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連日、会場の空気を適切に画面に切り取ってくれるコンクール公式チーフカメラマン栗山主税氏が選んだ「今日の1枚」は、正直、眺めるのが相当に辛いショットである。
 
自分らが自信を持って提示した音楽に、過去数年に費やした多くの時間を凝縮した1時間弱に、もうすぐ無慈悲な結論が下されようとしている。若者達は何を考えているのか、そして10分後に何を感じたのか。
 
本選進出団体を発表する前、堤審査委員長はかつて氏が審査員を務めたベルリンのエマニュエル・フォイアマン・チェロ・コンクールで審査委員長ダニエル・バレンボイムが結果発表前に述べた言葉を引用した。曰く、「私はコンクールが大嫌いです。」
 
バレンボイムのようなキャラクターとは異なる堤審査委員長とすれば、精一杯の表現だったのだろう。本日の7つの団体を全てきちんと聴き、その場に居合わせた者ならば、誰でも同じ思いだった筈だ。
 
大阪国際室内楽コンクール第2部門は、大会史上空前の激戦となった。それどころか、恐らくは、過去にこのジャンルで開催された世界中の国際コンクールでも屈指の高水準であったのではなかろうか。参加者全員は「俺はあの第8回大阪にいたんだよ」と胸を張り、数十人の聴衆も「私は伝説の第8回を聴いていた」と誇らしげに語ることが出来るだろう。
 
もうあれやこれや言い立てるのも烏滸がましい。皆さん、ありがとう御座いました、と書いてさっさと寝てしまいたいのだが、まさかそういうわけにもいかぬ。ともかく、会場客席から眺めた本日の舞台を記録しておく。
 
トリオ・エネスコは、一筋縄ではいかぬ2つの作品を披露してくれた。まず演奏されたフォーレ最晩年の一筆書きのような逸品は、とらえどころのないフレーズの歌が延々と続く、基本的にはポリフォニーよりもユニゾンの音楽である。単に弦が楽譜に書かれるままに合ってしまっただけではなにも面白くない、なんとも困った楽譜だ。個々人の個性を殺すことなく異質なままでぶつけ合い、それをアンサンブルにしていくタイプの団体の面白さがよく示された、賢い選曲である。
 
続くシューマンの第2番は、正直、筆者には演奏をどうこう言えぬ。情けないことに、あまり馴染みのない音楽故に開いていた総譜に記された20年近く昔のバーナード・グリーンハウス翁によるマスタークラスでの書き込みに、目を奪われてしまっていたのである。映画のvideoを本編ではなくオーディオ・コメンタリーで視てしまったようなものだ。ラテン系の明るい響きを基本とする若い演奏を前に、ああ自分は何も成長していない、と空しくなるばかりであった。失礼しました。
 
唯一残ったピアノ四重奏団がノトス・クァルテットである。ヴィオラが増え、はっきりと響きの厚みが増すとはいえ、ピアノが入る室内楽の印象はなによりもピアニストのキャラクターで決められる傾向は変わらない。
 
このステージでは、シューマンの名曲はより芯が硬いキラキラしたピアノの響きで覆われていく。続くウォルトン作品は、一転してプロコフィエフばりの豪快にして強烈な響きが要求される。
 
それにしても、ピアノ四重奏という練習時間が取りにくくアンサンブルの練度が上げにくいジャンルで、何故これほど演奏至難な楽譜をウォルトンは書いたのだろうか。充分に練習時間を費やしアンサンブルを完璧にしてステージに望めるコンクールでなければ、これほどの再現に出会うことは不可能なんじゃないかしら。
 
アルク・トリオは、1次予選同様に日本人離れした(という表現も今更ながらと思いはするのだが)豪快で大きな音楽を奏でる。ブラームスの第2番は、些か真っ直ぐならざる曲の感情表現故に、かえってこの直球勝負の再現が似合う音楽と思わせてくれた。この先、音色の手数を増やすなどの方向に向かうのか、楽譜を選んで今の方向を貫くのか、先が楽しみな団体である。
 
なお、アルク・トリオが弾いたもうひとつの音楽、アイヴスのトリオに関しては、筆者はバランスをどう捉えるのが「正しい」再現なのか理解出来ないでいる。ビックリ箱をひっくり返したような音楽の最後に、意外なほど抒情的な瞬間が垣間見える再現は、ひとつの説得力はあった。
 
なお、演奏を聴いた後、アメリカ音楽専門家で現在東京藝術大学でアメリカ音楽論の講座を出しているフェリス女子大准教授谷口昭弘氏にアイヴス演奏評価の基準があり得るのか率直な意見を尋ねたところ、
 
「込み入った引用に対して、どのようにアプローチしていくのかでしょうかね。カオスのまま聴かせるのであれば、それによって、独特に雰囲気を醸し出すことに成功しているのか、あるいは交通整理をきちんとして聞かせることに成功しているのか、といったところでしょうか」(一部略、文責は筆者)」とのお返事をいただいた。審査員の要となったろうパスカル・ロジェ氏は、どのように判断したのだろうか。
 
もうひとつの日本代表の東京スカイ・トリオを先輩格のアルク・トリオに続いて登場させるなど、籤引きの女神もなかなか面白い配慮をなさって下さるものである。金曜の夕方、それなりの数に増えた聴衆を前に、細部をきちんと詰めた譜面に率直な音楽を展開する。
 
基本的に共に日本で教育を受けながら、正反対な響きを志向するグループが登場するのだからなんとも興味深い。この団体のみが取り上げたヘラーの《白日夢》なる弱音中心の精妙な小品を並べる音楽は、この団が志向する繊細な響きを盛り込むには最適な素材だったろう。
 
ここからの3団体は、どこもラヴェルのピアノ三重奏曲を取り上げている。どれもが昨年秋のミュンヘン・コンクールに参加し、セミファイナルでこの作品を取り上げた(若しくは取り上げる予定だった)団体と知れば、この日に向け練習を重ねに重ねた結果の充実振りは、自ずと明らかになろう。
 
楽譜に対する忠実度では1次予選から群を抜いていたトリオ・ラフォール、今回もアプローチは変わらない。ともかく音色のパレットが多彩な団体で、頭や理屈で考えたことが完全に心の響きにまで転化できる水準に至っている。ミュンヘンでは些か納得のいかない演奏だったかもしれないが、今日はしっかり会場を魅了した。シューマンの1番を含め、もうコンクールレベルでどうこう言うのが馬鹿馬鹿しくなってくる。
 
トリオ・アタナソフのピアノ担当ピエールカロイアン・アタナソフは、たった2回のいずみホールへの登場で、日本に熱心なファンを作ってしまったかも。今の若者風に表現すれば、さしずめ「繊細すぎるピアニスト」である。アンサンブル全体としても、とりわけブラームスの第2番では、室内楽という音楽に期待される適正規模を弁えた響きのコントロールが印象的だった。こういうタイプの聴かせ上手もあるのだ。
 
長い1日の最後、トリオ・アドルノもミュンヘンで地元聴衆が「どうして彼らがこのステージで消えるのか」と憤っていた気持ちが納得出来る演奏を聴かせてくれた。
 
メンデルスゾーンの第2番を、自然体できっちり弾き切り、要所要所では独奏楽器のソロの魅力もきちんと聴かせる。ラヴェルでも、フランスやスイスなどラテン系の音楽家とはまた異なる、とはいえ構築性に偏るばかりではない、バランスの良い再現となった。それにしてもラヴェルの楽譜のなんと奥の深いこと。やはり名曲中の名曲である。
 
というわけで、振り返ってみれば、本日の筆者は「コンクール」に接していたというよりも、既知だったり未知だったりする楽譜が極めて高い水準で様々に音にされる7つのコンサートを聴いていたに近い。どっちが良いとか思う暇などないのがホントのところである。それにしても、本当にスゴイ1日であった。演奏家の皆さん、ありがとう御座いました。
 
 
どんな力演、名演の連続であれ、コンクールである以上は結果がある。過去3日よりも随分と長い、40分程の時間を経て発表されたファイナル出場団体と演目は以下。おおかたの聴衆が予想した通り、やはり予定された3団体では収まらなかったようである。
 
◆ノトス・クァルテット(ドイツ)
野平
ブラームス第1番
 
◆トリオ・アドルノ(ドイツ)
武満
シューベルト第2番 変ホ長調
 
◆トリオ・アタナソフ(フランス)
シューベルト第1番 変ロ長調
武満
 
◆トリオ・ラファール(スイス)
武満
シューベルト第2番 変ホ長調
 
このステージは本当に楽しみだ。ノトス・クァルテットは最後まで温存した名曲中の名曲で盛り上げてくれるのは楽しみ。そして、猛烈に精妙なピアノが繊細に語るアタナソフと、団としてかっちり作り込み水も漏らさぬアンサンブルで披露されるラファールとのタケミツ対決は、歴史に残る高水準の大会を締め括るに相応しい一騎打ちとなろう。
 
なお玉越コンクール・プロデューサーに拠れば、第2部門が4団体となったことで月曜の本選演奏終了時間は8時半を過ぎるくらいが予定されるとのこと。首都圏から日帰りを考えていらっしゃる方は、諦めて新大阪駅近辺のビジネスホテルを予約し、翌日の朝一の新幹線で戻るよう予定を変更することをお薦めする。その価値はある日になる筈だ。

ピアノ三重奏及び四重奏部門

ファイナリスト演奏順&曲目

 

ライヴストリーミング

http://www.ustream.tv/channel/the-8th

第8回大阪国際室内楽コンクール&フェスタ

大阪初夏の陣 〈6〉

音楽ジャーナリスト 渡辺 和

INDEX

以下の写真は、クリック(タップ)すると、

拡大され、キャプションも出ます。

難航を極めた審査の発表を待つ演奏家たち

(写真:日本室内楽振興財団チーフ・フォトグラファー:栗山主税)

コンクールチーフカメラマンの

今日の1枚

第2部門
ピアノ三重奏&四重奏
ファイナル進出団体
 
19日(月)
 
◆ノトス・クァルテット(ドイツ)
野平
ブラームス第1番
 
◆トリオ・アドルノ(ドイツ)
武満
シューベルト第2番 変ホ長調
 
◆トリオ・アタナソフ(フランス)
シューベルト第1番 変ロ長調
武満
 
◆トリオ・ラファール(スイス)
武満
シューベルト第2番 変ホ長調

 

フェスタ・予選A
17日午前11時から
 
11:00~ カコ・エ・タッソ(日本)
       (打楽器&ピアノ)
 
11:25~ カリス(韓国)
       (ピアノ五重奏)
 
11:50~ アンサンブル・リュネット(日本)
       (フルート四重奏)
 
13:50~ デュオ・ゲラシメス(ドイツ)
       (打楽器&ピアノ)
 
14:20~ クァルテット・サンフランシスコ(米国)
       (弦楽四重奏)
 
14:50~ バルカダ・クァルテット(米国)
       (サクソフォン四重奏)
 
15:40~ ドナルド・シンタ・クァルテット(米国)
       (サクソフォン四重奏)
 
16:10~ アンサンブル・ディーヴォ(ロシア)
       (民族楽器六重奏)
 
17:00~ シバライト・ファイブ(米国)
       (弦楽四重奏&コントラバス)
 
17:30~ ペトロ・デュエット(ロシア)
       (ピアノ二重奏)

 

© 2014 by アッコルド出版

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